歳を食らう
誕生日が来るたびに、年齢がひとつ増える。
当たり前の話なのだが、その受け取り方は歳を取る毎にずいぶんと変わってきたように思う。
子供の頃は単純に嬉しかったですね。プレゼントとかもらえるし。そうでなくても、子供というのは大抵「早く大人になりたい」とか思うものです。(そのうち嫌でもなるんだけどね)
で、これが20歳を過ぎたあたりからは、誕生日が来ても全然嬉しくなくなる。20になると、「大人としての権利」は一通り行使できるようになるわけで(被選挙権だけは25とか30ですが)、歳を食うことによるメリットはなくなってくるわけです。あるのは、歳を食った先にある「老い」や「衰え」に対する漠然とした不安。あるいは「可能性が狭まっていくことへの不安」かもしれない。もう、子供の頃のように「なろうと思えば何にだってなれる」と無邪気に思える年齢ではない。(たとえば、この歳から野球を始めてプロ選手になるのは、限りなく不可能に近い)
これが30を過ぎたあたりからは、別の意味でちょっと嬉しかったりする。嬉しいというよりは、祝ってくれる人がいるということに対する「感謝の念」と言った方がよいかもしれない。こんなおいらでも、その存在を肯定してくれる人がいるのだなということが、単純に嬉しい。まぁ、友人知人が少ないので、そんなに大人数に言ってもらえる訳じゃないけど、社交儀礼でなく「おめでとう」と言ってくれる人がいる間は、とりあえず生きていようかという気になれる。
というわけで、こんなおいらに「おめでとう」と言ってくれた人には、本当に感謝しております。あなた方のおかげで、私はこうして生きています。できればこれからも、そう言ってもらえるような人生を送りたいものです。


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